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東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)255号 判決

一 請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。

二 引用例の機構の構成、これと本件考案の機構との相違点及び形状上の一致点が請求の原因三、1及び2の審決認定のとおりであること、引用例の機構の係合爪体36′が引用例の第六図の機構の捕捉板35及び板ばね36の代りに設けられたもので、ゼンマイ捲上時には弾発的にラチエツト歯34bを乗越えてゼンマイ駆動軸33と共働して回動する部材であること、その弧状爪片の各先端にはやや下向きの幅広の係合部が形成され、残余の部分は比較的細幅の弧状の腕部となつていることは当事者間に争いがないところ、原告の主張は、要するに、引用例の機構の係合爪体36′は本件考案の機構の係合爪体Aと異なり、ゼンマイの復帰力を受ける場合その弧状爪片の細腕部に弾性変形を生ずることなく、したがつて、右細腕部が外拡変位してその外周部が傘歯車34の凹陥部の内側壁面34dに圧接することもないとして、本件考案と引用例の機構を結局同一とした審決の判断を争うにある。

1 前記のように、引用例の機構の係合爪体36′は引用例の第六図の機構の捕捉板35及び板ばね36の代りに設けられた部材であるから、右捕捉板35及び板ばね36の機能について検討することとする。

成立に争いのない甲第三号証によれば、引用例の第六図の機構においては、駆動軸33の角軸33aが傘歯車34の軸穴34a、捕捉板35の角穴35a、板ばね36の角穴36aに嵌挿されていること、捕捉板35は円形をなし、その円周部には平面の部分と下向きの爪の部分、即ち爪片35bが交互に設けられ、右爪片35bは傘歯車34のラチエツト歯34bと係合し、駆動軸33を反時計方向に回転させてゼンマイを捲上げると、同方向にラチエツト歯34bを乗越えて弾発的に移動し、次のラチエツト歯34bと係合するという作動を続けながら回転し、ゼンマイの捲上げを止めると、捕捉板35はゼンマイの復帰力に耐えてその爪体35bとラチエツト歯34bとの係合状態を保持しつつ、傘歯車34全体を徐々に時計方向に押戻す働きをすること(剛性的機能)、また、板ばね36はほぼ楕円状をなし、その下面において弧状をなした長径部分の両端が捕捉板35の円周の平面部分の一箇所に接触し、ゼンマイを捲上げる場合には、捕捉板35の回動により右両端の接触部分が押上げられて捕捉板35の爪片35bをラチエツト歯34bの係合から抜け出させ、次のラチエツト歯34bに移動すべくこれを乗越えさせる働き(弾性変形機能)と、ゼンマイの復帰力が働く場合には、右両端の接触部分を通じて捕捉板35全体をその爪片35bと係合しているラチエツト歯34bの方向に押付け、両者の係合を確保するための働き(弾性復帰変形機能)をしていることが認められる。そうであれば、引用例の第六図の機構の捕捉板35、板ばね36の代替物である第七図の前記係合爪体36′も捕捉板35に代る剛性的機能と板ばね36に代る二つの弾性的機能を備えているものと認めるのが相当である。

ところで、引用例の機構の係合爪体36′の形状に関する前記争いのない事実と前掲甲第三号証(特にその第七図)によれば、右係合爪体36′は全体として円形状をなしたS字状の部材で、ラチエツト歯34bと係合する両先端の下向きの爪片及びその付近の各S字状腕部の幅は広いが、S字状腕部の中心部に当る駆動軸33が嵌挿される角穴の部分(第六図の機構の36aに相当する部分)から両先端の爪片付近に至る比較的長い部分は、いずれも外側部に弧状に彎曲し、特にその中央部分が細幅となつていることが認められる。引用例の機構におけるかかる形状の係合爪体36′について、引用例の第六図の捕捉板35及び板ばね36の有する機能を検討すると、右の剛性的機能は捕捉板35とラチエツト歯34bとの係合を確保するものをいうのであるから、係合爪体36′のS字状腕部の両先端にある爪片とそれに続く広幅の部分がこれを果たしており、弾性的機能はそのS字状腕部の各中央の細幅の部分がこれを果たしているものと認めることができる。右の弾性的機能のうち特に復帰変形機能について述べると、一般的に細長いものがその両端から押圧力を受ける場合、彎曲しているものと彎曲していないものを比べれば、彎曲しているものの方が曲りやすく、彎曲しているものでは長さが長い程、また、幅が細い程曲りやすいことは広く知られているところである。この事実と右に認定した引用例の機構の係合爪体36′の形状から判断して、係合爪体36′はバネ材で構成され、ゼンマイの捲上げを止めると、ラチエツト歯34bと係合している両先端の各爪片に加わるゼンマイの復帰力は、S字状腕部の周縁の接線方向に及ぶことになり、各中央部の細幅の部分が外方に変位するような弾性変形が生ずるものと認めることができる。そして、前掲甲第三号証(特に第七図)によれば、全体として円形をなすS字状係合爪体36′の外径と傘歯車34の凹陥部の内側壁面34dの内径との寸法差は微少なものと認められるから、係合爪体36′のS字状腕部の各中央部の細幅の部分は、凹陥部を形成する環状の内側壁面34dに近接しており、右に述べたゼンマイの復帰力に起因する外拡変位の弾性変形によりこれを圧接するものと認めて差支えないものというべきである。かかる係合爪体36′の弾性的機能については甲第三号証中に文章による説明はなされていないが、前記のような弾性変形に関する一般原則に基づき、引用例の機構を示す第七図を同第六図と対比することによつて、容易に知ることができるのである。

したがつて、引用例の機構について文言上の説明がないため、審決により一応の相違点とされた「係合爪片が、ゼンマイ歯車の内側壁面に圧接し得るよう外拡変位する細幅の周接部を備える」との限定された構成は、引用例の機構においても備つており、引用例の機構がこの構成を採用することによつて、成立に争いのない甲第二号証(本件考案の実用新案公告公報)に記載されている「ゼンマイの復帰圧力を爪片の先端部のみに集中させることなく爪片に設けた周接部を凹陥部の内側周壁面に圧接させることが出来、従つてゼンマイ軸の逆廻動を合理的に而も適確に阻止し得られ、而もゼンマイの捲込み作用時にはこの周接部が作用しなく捲き込みが円滑に行える」(第二欄二二行ないし二八行目)という本件考案と同様の効果を得ることができるものと認められるのである。

2 原告は取消事由(1)において、引用例の機構の係合爪体36′はゼンマイの復帰力によりその爪片が外拡方向に弾性変形することを容易ならしめられているものであることまでを、引用例の第七図及び説明から理解することはできない旨主張する。しかし、もし引用例の機構において、係合爪体36′が単にその爪片の両先端をラチエツト歯34dに圧接させる機能しかなく、これに弾性変形をもたらす機能を期待しないというのであれば、係合爪体36′はその彎曲している部分はできるだけ短くし、また、S字状腕部の幅をできるだけ広くしておくはずであるのに、前記認定の係合爪体36′の形状はこれと異なり、むしろ弾性変形が生じやすいように形成されているのであるから、原告の右主張は採用することができない。

また、原告が取消事由(2)の(一)において主張するところは既に述べたことから理由がないものというべく、同(二)において主張する事実についてはこれを認むるに足る証拠もないから、これらのことを前提としてなされたゼンマイの復帰力が限界を越えると係合爪片に弾性変形が生じることは容易に理解し得ないとする主張も採用することができない。

更に、原告は取消事由(3)において、引用例の第六図の機構と対比して、第七図の機構の内側壁面34dは、係合爪体36′のS字状腕部を圧接させるために形成されたものではない旨主張する。既に述べたように、引用例の第六図の機構にあつては、ゼンマイが復帰する際、板ばね36が捕捉板35との両端の接触部分を通じて捕捉板35の爪35bをラチエツト歯34bの方向に押付けることによつて両者の係合を確保する働きをしているのであるから、右係合確保のため板ばね36が内側壁面34dに圧接する必要はないのである。これに対し引用例の機構においては、係合爪体36′の形状からみてゼンマイの復帰力を受ける際、両先端の爪片のみでラチエツト34bとの係合を保つことは不十分であつて、S字状腕部の各中央部の細幅の部分が外拡変位し内側壁面34dと内接することによつて右係合状態を確保することができるのである。原告の右主張はゼンマイの復帰力を受ける際、捕捉板35と係合爪体36′の各爪片とラチエツト歯34bとの係合状態の確保についての差異を看過したものといわざるを得ない。因に、前掲甲第三号証によれば、引用例の第六及び第七図の機構において、傘歯車34の環状の凹陥部をなす内側壁面34dは、機構全体をコンパクトなものにするため、右凹陥部内のラチエツト歯34bと係合する捕捉板35及びその上部の板ばね36(六図の場合)又は係合爪体36′(七図の場合)が傘歯車34の上部に突出しないように捕捉板35及び板ばね36又は係合爪体36′の厚さに対応して設けられたものであることが認められるが(引用例の第八図参照)、第七図の機構にあつては、傘歯車34の内側壁面34bは右の機能のほか、更に外拡変位した係合爪体36′のS字状腕部の圧接を受ける機能をも果たすものである。また、原告は、引用例の機構を示す第七図は単なる斜視図にすぎないから、この図から係合爪体36′のS字状腕部の外径と傘歯車34の凹陥部の内径との寸法差が微少であると判断することはできない旨主張する。しかし、引用例の第七図が斜視図であるにせよ、発明の実施例を示すものとして明細書に記載されている以上、特定の箇所を強調するため部分的に拡大するというような特別の必要がない限り、その全体の形状、寸法等は概ね正確に記載されているものと認めて差支えないから、厳密な正確性を要する以外は文章による説明がない場合には、その図に示されたところから、形状、寸法等を推量し、その有する機能等を判断することは許されるものというべきである。しかして、本件において必要なことは、引用例の機構において、係合爪体36′が外拡変位した場合に傘歯車34の凹陥部の内側壁面34dがその圧接を受けるか否かを知ることであり、その資料として係合爪体36′の外径と凹陥部の内径を比較し、その寸法差を判断するだけのことであつて、右比較に厳密な寸法上の正確性が求められているわけではないから、明細書に特段の説明記載がない以上その第七図から右比較判断を行うことになんらの支障はないのである。その他の取消事由(3)の主張は、既に述べたところから理由がないことは明らかである。

三 以上述べたように原告の主張する取消事由はすべて理由がなく、本件考案が引用例に記載されたものと同一であると判断し、本件考案の登録を無効とした本件審決は正当である。

よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとする。

〔編註〕 本件考案の要旨は左のとおりである。

一側に伝動用ギヤー部を設けたゼンマイ歯車の上面に凹陥部を形成し、この凹陥部にラチエツト歯を形成すると共に凹陥部内にこれの内側壁面に圧接し得るように外拡変位する細幅の周接部を備えたゼンマイ軸と共働する係合爪片を組み込んだゼンマイ捲上機構。

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